憲法の前文に触れてみた

NPO法人ソダチバ・プロジェクトの副理事をしていまして、このNPOがHillock 初等部という小学校(実際には一条校ではないのでオルタナティブスクールという位置づけ)を2022年4月に設立します。

代表の堺谷さんと、スクールディレクターの蓑手さん、カリキュラムの五木田さんの3人が立ち上げ準備をされています。(私はSTEAM領域で少しお手伝いしている程度ですみません。。)

堺谷さんが「スクール憲法」づくりを企画し、私もこのプロジェクトに参加させていただきました。

2時間×4回のセッション(夜9時スタートはきつかった!w)

「自由をつくるとは、憲法をつくることである by ハンナ・アレント 」の言葉から、子どもたちの自由・権利をいかに守るのかというテーマだけでもいろんな観点で話が進みました。

「個人の自由」と「公的な自由」の2つの観点では、
当然ながら個人の自由は確保されるべきでありながら、公共の安定・公共の自由を脅かすほどの好き勝手はNG。

もし公共の自由に偏り過ぎて自分の自由が欠乏していると感じるなら、自由を獲得しに動くべきであるし、そのための仕組みが必要。
自由を獲得するとは憲法・法律をつくることであり、権力者・支配者への憎悪と混同してはいけない。

憲法とは明文化されている「形式的な憲法」と、実態として運用されているもの=「実質的な憲法」という2つの側面を持っている。

この二つは不一致であり、どちらも時代に合わせてあるべき姿を模索し続けるものである。

このような学びを得るたびに「なるほどー!」とうなっていました。スクール憲法づくりは奥が深く貴重な体験でした。

憲法記念日なので日本国憲法を読んでみた

会社の引っ越し作業で出社したのですが、気づけば今日は「憲法記念日」
「学校の憲法」づくりをしていたため本物の日本国憲法が気になり読んでみることにしました。

素晴らしい、これほど美しい前文だったのか。
思わずノートに前文を手書きしました。

3つの基本理念(国民主権・戦争放棄・基本的人権の尊重)程度にしか記憶にありませんでしたが、
憲法は恒久の平和を願うものであり、そのために国民に主権があることを繰り返し強調し、国民主権によって国家を縛り、国民の自由を守るのだという強い決意を感じます。

また、

平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した

の一文には国民への信頼が前提にあることを知り目頭が熱くなりました。
国民はよく学び、平和のために道義的な勤めを果たさねばならないのだな。

そして前文の後半は、日本国だけでなく世界の平和を願い、国同士の自由・権利を守るべきと信じる、と結びます。

私は憲法や歴史の素人ですので解釈の甘さがあると思いますが、ここまで高尚な理念を堂々と書ききっている憲法の前文に感動を覚えました。

”資本主義社会ではそうもいっていられない”
”他国が侵略して来るなら黙っているわけにはいかない” などあると思いますが、
このような美しい文章が最高法規として掲げられているというのは幸せなことなのでしょう。