公教育が変われない4つの理由

社会の変化に合わせて教育も変わらねば・・これはいろんなところで言われています。

私も教育改革を実践する1人として強い問題意識を持ち、STEM教育探究型学習に取り組んでいます。

先日こちらが公開されました

「未来の教室」とEdTech研究会の「第1次提言」http://www.meti.go.jp/press/2018/06/20180625003/20180625003.html

これを見ると”いよいよ日本の教育は変わっていきそうだ”と期待をせずにはいられません。

しかしそう簡単ではないでしょう。

良くするには課題を整理するところから、、という観点で書こうと思います。

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特に公教育が変わるには時間がかかると思っています。

「あと20年はかかると思っていたけど、この第1次提言をみて10年に縮まったかな」という印象です。

昨年1年間、実際に私が小学校の教員として勤務することでそれを感じました。

公教育が変われない4つの理由

1つ目は、学校には関係者が多すぎるということです。関係者が多い状態は、革新に挑戦する時には不向きです。

現場のリーダーである校長先生が強い意志を持って旗振りをすることは必須ですが、それに現場の先生がついて来れないことは多い。現場の先生たちがコミットしなければ学校教育は当然ながら変わりません。

仮にそれが叶ったとしても、そのほかに教育委員会や保護者、そして地域の理解を得なければ動けません。

教育委員会がOKしなければ学校は基本的に動けません。

また地域ならではの伝統や習慣、こだわりがあり、もしそれらを無くして新しいことをしようとした場合には地域からの反発が予想されます。

校長先生、現場の先生、教育委員会、保護者、地域、この5つのステークホルダーが納得をする新しい挑戦というのは、それは新しい挑戦でなくなっている可能性が高いです。

2つ目は、学校は安全最優先の場であるということです。

教育改革を推し進める上で、子供達の個性化や個別化、自由に創造や表現をする活動が必ず含まれることでしょう。これまでのような画一的な一斉講義型ではなく、主体的・対話的で深い学びの実現にはこれらが重要な要素です。

一方で、学校が最優先するのは主体的・対話的で深い学びの実現よりも安全です。子供達の命を預かる機関として、事故やケガがあるようなことは絶対に避けなければなりません。

先生1人に対して児童が30人もいると、自由に行動すると危険が伴うことがしばしば発生します。

安全を最優先するには規律やルールが必要だし、これらは保守的にせざるを得ません。例えば理科の実験でガスバーナーを扱う時には、髪の長い児童が結んでアップにするまで実験をはじめない、などです。

学校の活動全般で保守的な規律やルールを運用するのに、”授業だけは自由にクリエイティブに”と切り替えることは難しいのです。

だからといって安全をおろそかにすることはできません。規律やルールがかっちりとしたカルチャーを、学校は緩めることはできないのです。

3つ目は、成績評価をしなければならないということです。

主に学期ごとに成績をつけます。この成績評価には周囲に説得力ある根拠が必要です。その根拠として頼らざるのを得ないのはテストです。

本来テストは必須ではありませんし、もっと言えば成績評価をすることも法的な拘束はありません。実際には学芸大学竹早小学校や筑波大学附属小の低学年は成績評価がありません(かわりに子供の成長の記録を保護者に共有しています。これは担任の先生にとって大変な作業と推測します。。)

テストは教科書会社がつくっています。テストは教科書に連動しており、テスト範囲となる教科書を公平に学ぶ必要があります。

その教科書を学んでいると、5年生理科の年間105時間はそれでほぼ終わってしまうのです。(行事で削れることもしばしば)

「なぜこの評価なのですか?」と、もし聞かれた時に根拠を持って回答できるようにしなければならないということから、教科書にはないことを学ぶ時間的な余裕はないのです。

4つ目は、教科を再定義できないということです。学校教育法は昭和22年から始まったものですが、日本では明治からその原型があったといえます。

国語、算数、理科、社会、、、などの教科は、時代によって変わっても良いはずです。例えば身の回りにはコンピューターが不可欠の時代になりました。

AI社会になっていく中で、「AI」や「IoT」、「STEM」という教科があっても良いでしょう。脳や栄養学についても30年前と比べかなり研究は進みました。

しかし「各教科、年間○○時間実施すること」と規定されているのです。

先生方も「教科指導を追求する」という点にプロフェッショナルを感じていたり、アイデンティティを感じたりしている方は多いです。

しがらみも色々あるのでしょう。教科を再定義することは2030年の改訂でも難しいのではないでしょうか。

以上のような背景から、公教育が変わるにはまだまだ時間がかかると思っています。

念のため補足をすると、学校の現場の先生たちを批判するつもりはありません。どの先生も子供達への大きな愛情を持って熱心に真面目に取り組んでいます。

私が勤務していた前原小の先生や、今関わらせていただいている本田小学校(大阪市)、白金小学校(港区)、回田小学校(東村山市)には素晴らしい先生方が挑戦をしていて、とても尊敬しています。

しかし、学校全体の構造やカルチャーの問題ですぐには変われないのです。

ではどうすれば良いのか?

残念ながら今の私にはこの4つを早期に解決する良いアイデアがありません。ごめんなさい。

しかし民間教育で補うことはできると思っています。

しばらくは民間が担う重要性は高まっていくでしょう。それがまさに「未来の教室」のあり方の1つだと思います。

公教育では担えない役割を補う。

その1事業者として私はSTEM教育探究型学習に取り組んでいきます。